死はマインドがつくりだしたものであり、苦しみを手放すことができたなら死は存在しない

  • 本当は死はありません


    Posted on 2012年5月16日(水) /カテゴリー: ONENESSに還ろう(メルマガ転載)

    ONENESSに還ろう- I am Healing 通信 vol.59

    死は、マインドがつくりだしたものであり、苦しみを手放すことができたなら、死はありません。2012年5月〜義母の旅立ちから学んだこと

    本当は死はありません

    死はマインドが作りだしたものです。
    私たちが苦しみを手放すことができたなら、死はありません。

    末期ガンで余名3カ月と診断された義母は、診断された日からちょうど1年目の5月11日旅立ちました。

    義母とは30年のお付き合いをいただきました。

    もともとは友人のお母さんとして出会い、私が昼間働き、夜はフラワーデザインの学校や医学校に行っていた時、学費や花材にとてもお金がかかり、とても大変な生活をしていたのですが、そんなとき、たくさんのおにぎりを作っては届けてくれました。

    そのうち、家賃も大変だから我が家に住んだらと提供してくれて、ありがたく住みこませてもらうことになりました。
    仕事に行く時はお弁当までつくってくれて、私には観音さまに思えました。

    そうしてお母さんとの暮らしが始まりました。
    友人が夫になったのは、それからずいぶんたってからのことです。
    最初に、お母さんと暮らし始めたのです。

    フラワーデザイナーになっての活動も全面的にサポートしてくれ、その後ガーデンデザイナーへの道のりも、いつも義母が陰にいました。
    そうして、さまざまなヒーリングを学び、瞑想教師への階段も、自分がその仕事を理解できるかできないかはそっちのけで、どんなことをするにも、いつでも私が進む方向に力を貸してくれました。

    最初からお姑さんという観念がなかったためか、本当に友達のように仲良く関わらせてもらってきました。

    私がやろうとしていることを、いつも応援してくれました。

    5月13日、14日と、初めての念願のサイサニャーナを広島で行う予定でいましたが、その10日前から入院し、毎晩泊りこんで看病する中で、イベントなども予定されていて、何かをキャンセルしなくてはならないかとも思いましたが、出来るだけのことをしながらがんばってみようと動き、何もキャンセルすることなく終えることができました。

    前日のイベントを終えてから病院に行き、夜遅く家に戻ったのですが、11日の朝、入院しているはずの義母が私の元に現れたのが10時40分。
    まさか・・・と思いましたが、すぐに病院から電話がありました。
    亡くなった時刻は11時とされていましたが、義母が旅だったのは10時40分です。
    ちゃんとあいさつに来てくれました。

    それから病院に飛んで、搬送者の先導をして家に帰り、夜中までかかり、葬儀の準備をすべて整えて、翌朝広島に向けて家を出ることができました。

    ワークショップを終えて、15日は家に着いてすぐに納棺が始まりました。

    義母は、最後のさいごまで、私に協力してくれました。
    広島のワークショップに情熱を注いでいたので、どうしてもやりたかったのですが、無理やりではなく、本当に何もかもが、そのワークショップが出来る形で運ばれました。

    家が大好きだった義母を最後まで家から送りだすために、たくさんの準備が必要でしたが、なにひとつ欠けることなく、すべてを整えることができました。

    先ほど葬儀がすべて終わり、最後のあいさつをさせていただきましたが、たくさん涙があふれました。
    でも、私の涙は悲しみではなく感謝の涙です。
    世界一の義母に出会えたことが本当に嬉しいと代表であいさつさせていただきました。

    義母はよく、自分の子供よりも幸子さんを大事に思うと言ってくれました。
    それはお世辞ではなく本当の気持ちだったと思います。

    この1年間、身体のケアはすべて私に任せてくれ、私が言うことに100%の信頼をおいてしたがってくれました。

    兄弟、親戚、お医者さんと、誰が何を言っても、それよりも私の言葉を信じてくれました。

    義母が長い間抱えていた怒りが義母の病気として現れたものです。
    私はそれを手放し、癒す方向にエネルギーを向けてきましたが、最後の3日間は、言葉を発することもできない痛みと向き合うことになりました。
    夜、義母のベッド横に座って見守りながらも、声のないうなり声に、私もとても苦しかったものです。

    でも、義母はがんばりぬきました。
    すべての痛みを受け入れながら、抑圧してきた最後の感情を燃やし終えました。

    死は、マインドがつくりだしたものです。
    病気は、感情の現れです。
    義母は、気の強い人でした。
    さまざまなものにネガティブな反応をして感情をため込みました。

    以前は、義母のものの見方を変えたいと思っていましたが、義母の選択は、ためこんだものを身体で解放していくというものでしたから、義母の選択をサポートしていこうと私も決めました。
    それが延命治療ではなく、感情を燃やしていくというやり方でした。

    母はとてもおだやかな顔になって家に戻り、金曜日から火曜日まで自宅で過ごしました。

    義父に代わって裏喪主をつとめさせていただきましたが、まっ白な花に囲まれ、白いシャツを着た写真にして、なにもかも白で統一されたシンプルな式を行いました。
    義母は、まっ白に囲まれて、とても清らかでした。

    今日、生前大好きだった良く似合う着物を選んで着てもらい旅にでました。

    お骨を壺に入れる時、ふと、私がいつも身につけているペンダントを入れたいと思い、その場で首からはずして壺の中にいれされていただきましたが、そのペンダントは観音さまのペンダントでした。

    計画していたわけではないのに、こんな風に観音さまを最後に義母に渡せたことは、最初から計画されていたのだろうなと思います。

    心から大事に思う人の最後を、こんな風に見送りました。

    骨壺を抱えて、「義母さん、もう帰る身体はないよ。もう苦しむことはできないよ。
    やっと元の場所に戻ったね。この身体での人生をよく生きたね。
    おつかれさま。さあ、今度はもっと軽い心で新しく生まれ出ることができるよ。
    よくがんばったね。誇りに思うよ」と語りました。

    義母から、多くを学びました。
    感情がどれほど痛みを伴うのかを、身をもってみせてくれました。

    私の仕事は、人々の感情を手放すお手伝いです。
    この世界がいったいどうやってできているのかを知ってもらうことです。

    ものの見方は人の数だけあるけれど、どう見るかは、それぞれの選択にかかっています。

    感情そのものになる生き方ではなく、感情を観察して手離す生き方の大切さを義母は、命をかけて私に教えてくれました。

    ボブ先生が、去年話してくれました。
    「啓発に向かう人が家族に現れると、みずからカルマを受け入れて、啓発に向かう人を助けようとすることがある」と。
    義母は、私をサポートしてくれたと思います。
    みずから、家族のカルマを受けいれる役割を選択したと思います。
    義母は、観音さまでした。

    義母さんに会えて、本当にしあわせです。
    亡くなったのに、こんなにも心が温かいです。

    たくさんの心配してくださった方には、心から感謝します。
    自宅での家族葬でしたので、お知らせをせずにすみません。

    お 知 ら せ

    今後の瞑想会

    • 5月21日(新月・月曜日)
    • 6月5日(火)、7日(木)
    • 7月5日(木)、9日(月)、19日(木)

    広島 瞑想会

    • 6月10日~11日
    • 伝授6月9日 予定

    逗子マリーナ宿泊瞑想会

    • 5月25日20時~24時
    • 5月26日11時~17時(逗子マリーナサイサニャーナ)
    • 6月15日~16日
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