瞑想の観点から読む「宮本武蔵(司馬遼太郎)」頭で考えて行うのではなく、空にゆだねて向かう

  • 宮本武蔵に学ぶ


    Posted on 2012年2月4日(土) /カテゴリー: ONENESSに還ろう(メルマガ転載)

    ONENESSに還ろう- I am Healing 通信  vol.53

    ボブ・フィックス先生がよく映画ラストサムライの話をします。サムライがなぜ強いのか・・・それは、頭で考えて戦うのではなく、空にゆだねて向かうからだ、と。「宮本武蔵」司馬遼太郎を読み終えて感じたこと。

    先週末は、逗子マリーナでの宿泊瞑想会をしてきました。
    18名でずっしり濃い瞑想を体験してきました。
    2日間で2千回以上の回数分の瞑想になりました。
    これくらいの数で瞑想をすると、空はとても深く濃厚に感じます。

    金曜の夜、8時開始で12時まで。
    各自自分の部屋で瞑想をして2時間ちょっと眠り、朝お風呂に入ったりして、瞑想し、翌朝は6時開始で集まりました。

    きつそう??と思った方も、やってみたらあっというまで、疲れると思ったけれど、パワーがみなぎって軽やかだったと、みなさん言ってくださいました。

    12月にチェンマイにでいただいてきました。
    ニューライフマントラという、今この時期に必要な波動をもつマントラで、持っている方は参加していきましたが、それにより、一緒に瞑想する方々にその波動が共鳴します。
    今年は変化が色濃く現れる年になると思いますが、何があっても、自分の中心にいて、そこから動くこと、変化にそって調和の波動を広げながら動いていけること、それが目的のものです。

    とても楽しかったので、これから恒例にしていきたいと思います。
    2月は24日~25日開催です。
    24日はお仕事を終えてから集まる形で、夜8時スタートです。
    あと1名だけお部屋の用意がありますので、ご参加可能です。
    今回、とっても安く泊れるのでお得ですよ~

    数日前「宮本武蔵」司馬遼太郎を読み終えました。

    いつも、ボブ先生がラストサムライの話をします。
    ラストサムライがなぜ強いのか・・・
    それは、頭で考えて戦うのではなく、空にゆだねて向かうからだ、と。

    自分自身を「私」というとき、それは肉体をさして言っています。
    ところが、それは「私」という全体の4%の部分です。
    96%の自分が身体の奥に広がっていて、4%で向かうのではなく96%の自分で向かう方法が、ノーマインドです。
    4%の肉体を含めた自分と96%の内なる知性とが溶け合った状態がマインドフルで、意識的な状態です。
    96%の内なる知性が、4%の肉体を通して存在する状態です。

    目の前にある、あらゆる出来事に調和の形でものごとが動いていく形です。

    瞑想は、本当の自分を見つける方法です。
    そうして、次のステップは、大いなる自己と居続けて、そのパワーを現実に現していくことです。

    そのことを、別の言い方をすると「ゆだねる」という言葉になります。

    宮本武蔵を読んで、武蔵がそのパワーを使っていたことを知りました。
    彼は瞑想者ではなかったですが、内なる知性を使う方法を、兵法を通して見つけました。

    以下、武蔵の文章です。

    「武蔵、支度はよいか」
    「ようそろ」
    と、武蔵は両手を垂らしたままいった。つねに武蔵は試合の前、その寸前になるまで構えをつくらない。

    ゆるゆると歩を進めた。

    宍戸は脚を撞木に踏んだ。晩鐘の撞木をつく、あの足がまえである。

    左手がぎらりと光るや、鎌を左ななめの天にかざした。右手に六尺の鎖をもっている。
    くさりは両手のあいだで張り、たらされた分銅がゆるゆると円をえがきはじめた。

    (これが鎖鎌か)と武蔵が思ったとき、うなりとともに分銅が飛んできた。
    避ければ避けたほうに飛行し、退ればさらに伸びてくる。
    びいっと飛行し、それが飛び去ったとき、武蔵はわずかにさがり、さがった勢いを利用して、大剣をすっぱ抜いた。それも左手で抜き、しかも左手に持ち、剣尖を沈め、下段に構えた。

    ・・・・下段に大剣を。

    というだけでも、まわりに居ならぶ門人たちにとって驚きであったであろう。が、つぎの瞬間に変化した武蔵の肢態にはさらにおどろかされた。

    武蔵の右手が天にあがっている。その右手にいつのまに抜いたのか小刀がかざされ宍戸もさすがにひるんだ。

    が、武蔵にとって自分を死から救うにはこの異様な構え以外になかった。かれ自身もこういう構えをかつてとったことがない。

    この場のこの生死の瞬間においては彼はとっさに思いついたにすぎない。

    頭上の小剣の役目は複雑であった。この小剣は頭上で静止せず、くるくると舞い動いているのである。宍戸の右手の動きに合わせている。

    宍戸の右手の鎖の回転にあわせ、その回転を自分の右手に移し、相手の呼吸をわが体にひき入れようとしている。そのための小刀の旋回であった。

    武蔵の息吹が感じられるような臨場感がありませんでしたか?
    読みながら、私もぞくぞくしました。

    どの構えで、どう戦おうか?
    そんな風に頭で考えて動くのではなく、相手を自分の中に感じて動く。

    敵とぶつかり合うのではなく、敵を友にしてゆだねていく。
    瞑想でいつもお伝えしていることが、ここにもありました。

    坂本龍馬、勝海舟に・・・偉人と呼ばれる人たちの物語を読み進めると、みな、内なる知性と繋がって動くことを知っていたようです。

    最後に・・・・
    3月4日日曜日 14時開演 すみだトリフォ二―ホールで菅純子さんによる「祈り」ソプラノコンサートがあります。
    以前、いくどか一緒にコンサートをさせていただき、みなさんご存じと思います。
    チケットは前売り3000円、当日3500円です。
    いっしょに行きませんか???

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